「君みたいなインド人にはあまり会わなかった」
彼はすぐに意味が分かった。
「そうなんだ。デリーの人間は旅行者を見れば、金をとることしか考えない」
そう言いながら、彼は眼下の町に目をやった。
「そして、汚くて、騒がしい」
下では人が蠢いている。汚い建物が並ぶ。泥棒バザールが見える。その先にはニューデリー駅がある。まだ、盲目の笛吹き、白人の物乞いは同じ所にいるのだろう。その先のメインバザールは今日も人で賑わっているのだ。「さっき会っただろ。俺のこと覚えているか」なんて声がまたかかっているかもしれない。運転手のシヴァはまた仕事をもらっているだろうか。
騒がしい町だった。
「でも南へ行けば違う。親切な人は沢山いるよ」
私が見たインドはまだほんの一部だ。
「デリーは嫌いだ」
AJAYが言った。
“でも何故か魅力があるんだ”
私は心の中で呟いていた。
ジャマー・マスジッドから出て、汚い露店が並ぶ一角を通り抜け、二人でコーラを飲んだ。さっと瓶の口を指で拭いて、一気に飲み干した。美味い。最高の一本である。
その後はバスに乗って、一緒にコンノート・プレイスに向かった。エア・インディアのオフィスで直接リコンファームをするためである。AJAYがいろんな人に聞いてオフィスを見つけ出してくれた。広々としてとても綺麗で、電話がなかなか通じなかったなんて嘘のようだ。手続きもあっという間に終わった。それから、土産のダージリンティーを店で買った。AJAYとインド庶民の行く店を探したから、同じ商品でも空港で売っている価格の三分の一しかしなかった。
コンノート・プレイスの裏通りを歩いていると、
「これ買わないか」
と、白人の旅行者が所持品を売りにきた。透明のビニール袋に入れた、彼の最後の所持品である。汚い服やポーチとかで、ろくなものはない。それでも彼にとっては、旅をしていく上で大事なものだ。彼はニューデリー駅にいた老人のように物乞いとなるのだろうか。股間の破けたパンツを履き、十ルピーに目を見張る生を過ごそうというのか。笑顔はまだ明るく、足取りにも力があるが、これを売った所で数日過ごせる程度の金にしかならないだろう。その後彼はどうなるのか。そんなことを私は考えた。AJAYは、良いものがあるかちょっと物色した。
昼食をとるために、ファーストフードに向かった。その時AJAYは私の手を握った。友達の印である。インドでは男同士が手をつなぐ。ハンバーガーを頬張りながら聞いてみた。
「男女がデートで手をつないで歩いたりしないの?」
彼は、まったくありえないという風に、大きく首を振った。やっぱりそうだろう。手をつなぐどころか、デートをしている光景も私はついに見なかった(当時)。
「これからどうなるかは分からないけれど、今じゃまったく考えられない」
将来男女で手をつなぐようになっても、男同士でも手をつなぎ続けるのだろうか。
AJAYの財布の中身は空に近かった。さっき私にコーラをおごった時も、心配そうに財布を覗いていた。それに、インドのファーストフードは金持ちの集まる高級な店である。
「俺が払うから」
と安心してもらって入ったが、彼は遠慮して少ししか口にしなかった。遠慮深いインド人もいるのだ。