「やあ、久しぶり」
小林君だ。出国審査を終え、出発ロビーで休んでいる時だった。彼とはたまたま帰りの飛行機も同じだったのだ。彼は幾分やせたように見えた。
「どうだった?どこに行ってきた?」
自分の行けなかった町の話を聞きたかった。私と違う旅の経験を聞きたかった。
「それがさ」
何かあったようだ。トラブルにでも巻き込まれてしまったのか。
「あの後、すぐに赤痢になったんだ」
「えっ」
パスポートを盗まれた、とかいう答えの十倍は驚いた。何でまた赤痢なんかになってしまったのか。
「アグラで会ったあの日に、運転手に勧められて生野菜を食べちゃったんだ」
何度も、生ものは口にしてはいけない、と言ったのに。
「その日のうちに腹がおかしくなってきてさ、次の日病院に行ったら赤痢だって言われた」
「で、どうした」
「そのまま入院した」
何てことだ。
「何日間?」
「三日間」
それにしても、とんだ目にあったものだ。
「大変だったね」
「せっかくインドに来たのに、デリーなんてまったく見てない」
とっても残念なことである。しかしながら、小林君はその災難を淡々と語った。淡々とした彼が、デリーについて感じたことを聞きたかった。
小林君は退院してからヴァラナスィーに行った。そこで彼は肝炎にかかった日本人に会ったそうである。その肝炎の日本人はインドに来て一年だった。彼は、肝炎にかかって約半年経つのだが、病院には通っていなかった。「これからどうするの」と聞いたら、「特には考えてない」という答えが返ってきたらしい。かなりのつわものである。そのつわものは、もはや、あちらの世界、混沌の世界に足を突っ込んでいるのだろう。特に考えようとせず、そのまま放浪を続ければ、もう二度と戻っては来られない。赤痢にかかったって、日本に戻り、秩序ある生活に戻れれば良いのだ。小林君は無事に出発ロビーにいるのだから、それなりに良かったのだ。