外はすっかり暗くなっていた。Timestarに向かう細い道に入った。そこには何やらうごめく影。闇に紛れたインド人たちだ。一人の白目が月に反射して輝いた。憎しみに満ちた目が、じっとこちらを見据えた。いつものように、なに食わぬ顔で、胸を張り、足早に通り過ぎた。今日はもう外に出ることはやめよう。そう思った。
宿での夜は、服と身体を洗う時間だ。服はシャワー室や水道を使って洗う。石鹸をつけごしごしと手揉み洗いをする。そして、ぐいぐいっと思いっきり絞って、用意してきた紐にかける。それで終わり。シャツとパンツと靴下を洗う程度なら十五分もあればこと足りる。しかし、ズボンを洗うとなると結構大変だ。この日は時間もあったし、カルカッタの湿気でかなり履き心地が悪くなっていたから、その洗濯にとりかかった。ズボンが何故大変かというと、それは分かりきったことだが、洗う範囲が広いということと重いからだ。石鹸をつけるのにも、揉むのにも、絞るのにも時間がかかる。しかも、私がはいていたのはGパンであった。
Gパンをはくのは、はっきり言ってアホなことである。現地で安い薄手のパンツを買えばいいのだが、そうするとGパンを持って歩かなければならなかった。移動の多い旅では、たかだかGパンでも重い。それなら最初から軽いパンツでインドに来ればいいのだが、手頃なのは持っていなかったし、ボロボロのGパンを使うには丁度いい機会だったのだ。結局アホな理由であることに変わりはない。
そのやっかいもののGパンは水分を含むと、これがかなり重い。さらに絞るのはこれが結構きつい。固いので疲れるし、水滴はなかなか落ちてこない。乾きにくいものなので、シャツなんかよりしっかり絞っておかねばならないのだが、絞りにくい。目一杯絞っていって、それを横に思い切り引っ張るとポタポタと落ちてくる。それを何度も繰り返し、絞り上げていくのだ。最後の一滴まで落とそうとすれば、握力と背筋を鍛える手頃なトレーニングである。汗びっしょりになって、大仕事を仕上げた。
明かりを消して床に就くと、外の人の気配がすぐ気になった。一階の屋根の上を歩いている。しかも三、四人はいそうだ。だが、どこの屋根かは分からない。Timestarのかもしれないし、隣の家のかもしれない。窓には鉄格子がついているから大丈夫ではあるが、気味はあまりよくない。目を開けると人が覗いていた、なんて想像すればぞっとする。自分の部屋に近づいてくるとどうしても聞き耳を立ててしまう。外を見ても暗闇のインド人はどこにいるか分からない。おかげで三十分は寝つけなかった。
翌朝起きてみれば、その人達は隣の屋根の上をねぐらとする人々であった。