その日は朝からうまく行かなかった。マラヤ大学に行くためのバスに、すんでのところで乗り遅れ、二時間も待った。モスク行きのバスターミナルも最初間違えた。一度は案内所で確かめたのだが、なかなか来ないのでもう一度念のために聞いてみると、違うバスターミナルからそのバスは出ていた。新しいモスクなので、あまり知られていないらしかった。その日はもうクアラルンプールから離れようかとも考えていたので、一日延ばして残ったのは失敗だったと思った。一キロメートルは離れている別のバスターミナルに歩いて行き、三十分待ってバスに乗り込み、四、五十分かけて目的地に着いた。うとうとした夢現の中、いつしかコーランを読む声が耳に入ってきた。降りてみれば、人の気配はなく、ただコーランがその町に響いていた。静寂の広がる町で、その声に導かれるままに私は歩いた。黒いヴェールで顔を覆った数人にすれ違っただけで、他には誰にも会わなかった。少しずつ、少しずつコーランを読む声は大きくなり、あるとき道の前が開けると、鮮やかな青の屋根をもった白いモスクが視界に入った。でかい。私が立っていた丘の上から、斜面にはピンクの花と、丈の短い草が続いている。最も落ち込んだ所には池が広がり、その先にモスクはあった。そして四方に白い尖塔が立ち、その屋根はいずれも鮮やかな青だった。輝く青と白がそれぞれによって映えている。緑と池に隔てられたモスクと私の空間には、他の誰一人として存在していない。コーランによって強調された町の静寂さがモスクの迫力を引き立てる。圧倒的な迫力。空を背景に押しやる圧倒的な存在感。迫力を持ちながらも、その鮮やかな青は、幻想的な、そして神秘的な美しさを沈み行く太陽の光とともに反射させる。美しさに体全体が小さく震わされたが、その震えはコーランのリズムの中に混じり合い、ただ私はイスラムの流れに身を委ねたのだった。