目的地へ行こう

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諦めた目

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 昨日行き損ねたラージ・ガートに向かった。リクシャーが信号で停まると、物乞いの親子が近づいてきた。少年が左側から、乳飲み子を抱えた母親は右側から手を差し延べた。少年は大きく澄んだ目でしっかりと私を見つめた。母親は視線が定まらず、周囲を見回し、疲れ切った諦めた目を持っていた。諦めた目。この目を一度持ったら、元に戻るのは難しい。ネパールで見た諦めた目は未だに忘れられない。

 

 ポカラからカトマンズまで、半日かけておんぼろバスで移動している最中だった。小さな村でバスは休憩のため停まった。そこにはチャー屋(ネパールではチャイをチャーと言う)と食堂が三軒程並んでいた。そして、広場では十人位の楽器隊が演奏をしていた。バスが着けば観光客からのチップを目当てに演奏を始めるのだ。中年から初老までの人達が、ただ演奏をしている。その彼らの目は諦めていた。哀しいのではなく、嫌気が差しているのでもなく、ただ諦めていた。目は顔が向いている方に向いているだけ。観光客を追うわけでもなく、荒涼とした土埃舞う大地を見ているわけでもない。何も見ていない。彼らは毎日毎日ここで演奏を続けている。何が起きるわけでもなく、何かが変わるわけでもない。生まれて演奏をして死んでいく。旅行に来ている観光客を見れば、最近ではビデオまで持っている観光客を見れば、自分たちよりいい生活があることは分かっている。しかし、彼らは何も変わるわけではない。ここにある職は、チャー屋と食堂と演奏。ここから出て観光客の立場になれる希望はない。彼らはいつからか諦めてしまったのだ。観光客が面白がって集まり、陽気に笑顔を振りまいても彼らはただ演奏を続けるだけだ。何の反応もない彼らから、いつしか集まった人々も離れていった。そして誰も金を投げなかった。バスが離れるときまで、ただひたすら彼らは演奏を続けた。

 彼らの諦めた目は、他により豊かな刺激ある生活のあることが分かっていながら、自分たちは決してそこに近づくことはない、と知っていることからきていると思う。ただ貧しいだけならば、百年前の人達は皆諦めているし、現代でも先進国以外に生きている人達は諦めているだろう。ネパールよりも貧しくポル=ポト派の大虐殺を受けながら、PKO(国連平和維持活動)が入って国の将来に希望が生まれたカンボジアは、活気に満ち溢れていた。これから生活が良くなるんだという希望がそこにあった。

 貧しさは他者との比較によって生まれる。フィリピンとの関わりから、貧しさの本質を思い知らされ、思い上がった自分をさらけ出されたことがあった。