しかし、ガンジーの家に着いてみても、すでに門は閉まっていた。中を覗けば最後の客達がガイドに連れられて庭を歩いている。来るつもりは無い所だったが、このままで帰りたくはなかった。今日一日が切符探しで終わってしまう。それに、入れないとなると余計入りたくなってしまう。二人の警備兵に頼み込んだ。
「中に入れてくれよ」
「だめだ。もう時間だ」
「頼む。彼らと一緒にまわればいいじゃないか」
「だめだ。また明日来い」
「わざわざ日本から来たんだ。明日はカルカッタに行くことになってる。もう二度とここには来ないだろう。今日しかないんだ。頼む!」
熱を入れた声で、体全体を使って、思いっきり、‘遠い日本から来て、明日はずっと先のカルカッタに行ってしまって、もうここに来るチャンスはないから、お願い’と頼み込んだ。何が何でも入りたいんだと表現した。二人は顔を見合せ、門を開けてくれた。粘った甲斐はあった。私は勢いよく走って最後の客に追いついた。ちょうど何かの説明をしている所だった。その説明が終わると一行は、真っ直ぐ出口に向かった。
粘った甲斐はなかった。
外に出るとおっさんはにこにこして待っていた。彼にとっては、とっても嬉しいだろう。到着した時、二十六ルピーを指すメーターを見てがっくりきていたので、
「また使うから待っててよ」
と言い残しておいたのだ(何故か彼の方が得をしている)。
何も見ないで帰るのは残念だったから、次はプラガティ・マイダンに行くことにした。催し物広場で、演劇、舞踊、古典音楽などをやっているらしいのだ。北京で観た京劇が最高に面白かったので、インドでも伝統芸能ってものを是非観たいと思っていた。あてにはならないが、
「今日は何かやってんの?」
と聞くと、
「毎日何かやってる」
とおっさんは答えた。
しかし、着いてみれば、この日は何もやっていなかった。
昨日からことごとくうまくいかない。まったくろくな旅になってない。地図を見ればメインバザールまで二キロ半程だった。今日は何も見ていないから、せめて、じん(人)リクシャーを使ってゆっくり町を見ながら帰ろうと思った。
「降りるよ」
おっさんの表情は曇った。こんなところで降りると言いだしたものだから、私が腹を立てていると思ったらしい。横を通り過ぎる時も、心配そうに顔を覗き込みながら、ゆっくり進んだ。しょうがない。にっこり頷いた。おっさんは嬉しそうに笑ってアクセルを踏んだ。
すぐ側にいたじんリクシャーの若いのを十ルピーで拾った。ゆっくり走ればまた景色も違ってくる。歩いている人がよく見える。落ちついて眺めはじめた。だが、ふと走る彼の背中を見ながら、こいつも本当に大丈夫だろうか、と思えてきた。何しろ昨日からまともには行っていない。
「メインバザールまで十ルピーだぞ」
すると、彼は強い口調で言った。
「そんなことは言ってない。二十ルピーだ」
まただ。他の国ではここまで連発して、言った所に決めた値段で着かないことはなかった。
「十ルピーって言ったじゃないか」
「二十だ」
二十と言ったつもりだったのか、メインバザールまでとは思わなかったのか。でも、そんなことはどうだっていい。
「止まれ、降りる」
ほんの百メートルだ。金なんか払ってやるか。若いのはなんだが分からないことをごちゃごちゃと言ってついてきた。かなり怒っている。だが、こっちも納得がいかない。
「どうかしましたか」
争う二人を見て通りすがりの人が近寄ってきた。英語が使える人だった。助かった。物腰からして、話の分かりそうな人だ。何とかこの場はうまく収めてくれそうだった。私は私の言い分を伝え、若いのは若いのの言い分をごちゃごちゃ言った。親切な仲裁者は、真剣に相互の言い分を聞いてくれた。二人とも彼が口を開くのを待った。
‘お手上げだ’
彼は去って行った。
若いのはまたもや、大声で私にくってかかる。
‘もう知らねえ!’
また背中を向けて歩きだした。しかし、若いのはまだしつこく追いかけてくる。私はポケットの小銭を掴んで渡した。それでもまだごちゃごちゃ捨てゼリフを吐いていたが、無視して歩き去った。どうしてこうなるんだ!