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渡航自粛

  ゲストハウスに戻り、白人夫婦とお互い集めた情報を交換すると、彼らも、シェンムリアップから戻ってきたばかりの人から、問題はなかったという話を聞いていた。彼らは、予定通り明日、シェンムリアップに向かうつもりだと言う。私も二重にシェンムリアップは問題なかったという情報を聞けたので、ほぼ行くつもりになったが、とりあえず大使館の話を聞いてだめを押そうと思った。

 翌日、大使館員の家に押しかけてしまうことから始まって、またもやあちこち迷ったけれども、ようやく大使館を見つけ出した。しかし、その日大使館は休みだった。しかも、こういう旅行者に情報を提供するような関係の人は外出中だという。でも、門番になんとか連絡をとってくれ、と頼み込み、彼もあちこち電話をしてくれたが駄目だった。そんな時、奥に日本人を見かけ、呼び止めた。なんてったってこっちも必死である。だが、その人が言うには、カンボジアにいると国内のことはよく分からない、らしい。タイや日本など一度外にでた情報の方が早く、正確なことのほうが多いらしいのだ。そうなるとやっぱり、シェンムリアップ帰りの人の意見が一番あてになる。行くことに決めて、空港に向かった。陸路は危ないので空路を選んではいるが、こうやって書いて整理してみると、判断の材料なんて心もとないものである。

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 空港で日本人に出会った。六車さん。三十五歳といったところか。髪型など気にせず周囲の状況に目を配っている様子や軽い荷物から、かなり慣れたバックパッカーだと思った。二人とも情報が欲しかったから、見かけるとすぐに話し始めた。日本から着いたばかりの六車さんは、おもむろに一枚のコピーを出した。

『渡航自粛』

とある。これを受けて、カンボジアへのツアー旅行はすべて中止になったらしい。アンコールの遺跡群の中でも、北部はポル=ポト派の支配下に入り完全に立ち入り禁止となっていた。事態が悪化していることは、やはり事実らしい。このタイミングは、アンコール=ワットを見る残された最後のチャンスかもしれない、とその時思った。しかし、危険も伴っている。プロペラ機の中で、私は何度も自分に言い聞かせた。

“きっとここまでの人生で、一番命が危険に晒される時だ。しかも自分の意志で危険な所に向かっている。自分の身を守ることに今まで以上に注意しなければならない。生き続けるために”、と。