時間は夜の八時半を回っていた。宿を探さなければならない。しかし、バスの中からは並んでいるように見えたゲストハウスも歩いてみれば数える程しかなかった。しかも、営業しているのは一軒も見つけられなかった。やはりメインバザールまで行かねばならないようだ。地図で見れば、大した距離でもなさそうだったので、私たちは歩きはじめた。コンノート・プレイスまではほんの百メートルほどだったが、中心に公園をおき、放射状に道がのびる円内に入ると、方角が分からなくなってしまった(私は極度の方向音痴である)。少し中心から離れると人通りが寂しくなるし、ちょっと不安になってきた。
そんな時に女を連れた酔っぱらいの白人に出会った。よれよれのシャツにパンツというその風貌から、メインバザールの住人だとすぐに分かった。
「なんだなんだー、おー前らどしたー」
白い顔を赤くし、ろれつが回らない。
「メインバザールってどっち?」
彼は、よたよたっと、車道に出て、よろよろっと片手をあげた。すぐにオートリクシャーを捕まえ、「十ルピーで行けよ」、と運転手に睨みをきかせてくれた。
「俺はエンペラーホテルに泊まってるからそこに来いよ、いいホテルだ」
と言い残し、女の肩に手を掛けて彼は去っていった。
リクシャーなんか使う距離なんだろうか、と地図を見ると思えてくるし、男二人で連れ添っているのを見て、
「お前ら日本人か」
と、にやっと笑ったのに少し腹が立っていたから(日本人は一人で行動できないと思われている)、どうしようかとも思ったが、結果、乗るのがやっぱり正しかった。メインバザールまではけっこうな距離があり、しかも私たちが向かっていたのはまったくとんちんかんな方角だった。
カオサン・ロード
安宿が立ち並ぶ通りとしてはタイのカオサン・ロードが有名だ。通りは車道を挟んで三百メートル位だったか。そこは純粋に貧乏旅行者のためだけの道だった。ゲストハウスの他には、食堂、旅行代理店、国際電話屋、安売り服屋、安売りテープ屋、不要物買い取り屋、証明書偽造屋などが裏通りにまでひしめき合っていた。しかし、メインバザールは路上市場なんかがあり、インド人の日常生活の空間に貧乏旅行者が入り込んでいくような道だった。長さは一キロメートル程。狭い道に人通りは多く、リクシャーは今にも足なんか踏んでしまいそうだった。