目的地へ行こう

まだたどり着いていない人のブログ。

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鉄格子の部屋を出る

 翌朝は早く起きた。デリーに戻る便が八時だったからだ。六時に部屋を出た。もちろん部屋の前で寝ている使用人は、足を動かされても起きはしなかった。粗末なロビーの床に寝ている人を起こして、宿の出口を開けてもらった。‘Timestarよ、さようなら。’その独房部屋を忘れることはないだろう。

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 早朝に空港に行く人間を見越して、タクシーはサダル・ストリートに並んでいた。二台目で、空港から来たときと同じ料金である八十三ルピーが通った。その運転手のおじさんは頭にターバンを巻き、白髪の髭と鬚を厚くたくわえたシーク教徒だった。茶色の縁の眼鏡の奥には、柔和な目が覗く。

「八十三だからね」

と念を押すと、大丈夫だというふうに頷いた。この頷きに嘘はない、と分かった。念を押せばどの国でも誰でも頷く。その頷き方を見ていれば、信用できるか、嘘をついているのかは大体分かるようになっていた。何度も聞くと怒る人もいる、逆に微笑みを浮かべる人もいる。しかし、それが本当なら、その頷き方は確信に満ちている。嘘ならば頷き方に安定感がない。途中で放り投げるような頷き方だったり、心がこもっていなかったりする。まったく下心が無い場合、隙があればだまくらかそうと思っている場合、最初から約束を守る気が無い場合、その三種類は大体分かる。ただし、インドの場合、よく分かっていなくても頷いたり、最初の約束を忘れてしまったりするケースが数多く出てくるので、複雑になってくる。でも、この時は、このおじさんは安心できる人だ、とすぐに分かった。

 車中では、またそれぞれの身の上話をした。最初に「結婚しているのか」と聞かれた。旅をする度に結婚について聞かれる回数は増えてきた。ホノルルマラソンを走ったときは「Hey! He is a kid! Go!」なんて、子供だと見られて応援されたけれど、自分では気づかないうちにだんだん歳をとっているのだ、やっぱり。

 「この道は、バングラディッシュまで続いているんだ」

おじさんは言った。バングラディッシュまで。このまま行ってしまったらどうなるだろう。そんな状況を思い浮かべた。“バングラディッシュではどこに行こうか。とても貧しい国らしいし、一人旅をしたという話はあまり聞いたことがないから、宿を探すのにも、食堂を探すのにも苦労するんだろうな。そして、通り抜けて次はどこの国に向かおうか”。旅のことを思えばきりがない。