向こうはあの手この手で近づき、親近感をわかせ、油断させようとしてくる。だが、最終的な狙いは、ただ金をふんだくってやろうと思っているだけだ。油断は禁物である。
しかしながら、できるだけ旅行者、特に日本人から金を得ようと思っているのは、何もひったくり、詐欺師たちばかりではない。一般の売り子たちも、金持ちには少しでも高く売ろうと思っている。既に書いたが、これはもちろん彼らが悪い人間だから、ということではない。彼らの生活は外国を旅行できる人間の生活水準からすればひどいものであり、生きていく術として、少しでも高く売ろうと頑張っているのだ。
次のような境遇だったらどうか。発展途上国の雑貨屋に生まれた。若いうちから店を手伝い、わずかな利益しか上がらない雑貨屋を一生やるしかない。一生かかって貯めたところで外国などに行けない。擦り切れた汚い服を着て、旅行者を横目でみながら、抜け出ることのない貧しい暮らしを続ける。日本人がぶら下げている金のネックレスをひったくればしばらくは暮らせるが、そこまではしたくない。
そこで、少しでも高く売りつけようと考える。彼らと比べれば、海外旅行のできる人はとても裕福だ。だから、高く売りつけようと彼らが寄って来たとき、私は、決して、
‘金がない’
とは言わない。だが、みすみす高い値段で買うようなこともしない。必ずとことん値引き交渉をする。それは貧富の話ではない。向こうはどんなことであろうが働いて生活を支えている一人の人間であり、高いと分かっていながらもわざと買ってあげるような、いわばめぐんでやるような物乞いではないのだ。そして、こっちも、相手のいいように高く売りつけられるばかりの間抜けでもないのだ。