Timestarは細い道からさらに奥に入った所にあった。ドアなどない。でかい入り口の目の前がフロントだった。そこにはターバンを巻いたでかい男が座っていた。落ちつきはらって、わずかにこくりと頷いた。貫祿がある。
「部屋を探している」
「どの位の部屋がいいんだ」
「百だ」
「あいにくだが、百二十の部屋は今塞がっている。だが、今日中には一つ空くだろう。もう一度来てくれ」
残念ながら時間をかけてここに来た甲斐はなかった。別のを探そう。
私が背中を向けかけると、男ははっと思い立ち、身体を前にやや乗り出した。
「もしあんたが嫌でなければ、四十の部屋がある。そこにとりあえず荷物を置かないか。百二十の部屋が空けば、それから移ればいい」
四十ルピー。破格の安さだ。断る理由などなかった。
「見せてくれ」
使用人と二階に上った。木の古ぼけた階段に、ぎしぎしと音をたてる二階の床。そこには、使用人らしきのが三、四人たむろしていた。そのうち一人だけ笑顔で「ハロー」と言った。そいつらがたむろしているのは、部屋が並んでいる側とは反対の隅だった。そして、四十ルピーの部屋はその隅のさらに奥にあった。中をのぞける程穴の空いたドアには、手のひら位のでかい錠前がぶら下がっていた。それを開けた。
‘ギギギギー’
三流のホラー映画に出てきそうな、わざとらしい程の軋み音が響いた。何ら人間味のない、コンクリート剥き出しの壁がそこにあった。所々にひびが入っている。塗り直したのだろう。白っぽいコンクリートと黒っぽいコンクリートが汚く折り重なっている。
そのコンクリートには窓が二つ開いていて、鉄格子がはめ込まれていた。鉄格子の内側に観音開きのガラス窓がとりつけてある。窓の一つは閉まって、一つは開いている。閉まっているほうは綺麗に噛み合わさっていないが、無理やりかけた鍵によってその隙間は少しばかり狭められていた。開いた方からは、目の前にある隣の家がよく見える。そして向こうからもこちらの様子がよく見える。屋根同士はほとんどくっついているから、すぐにこちらに渡ってこられる。しかし、窓枠には鉄格子がかかっているので、中にまでは入ってこられない。
四歩も歩けば、突き当たりの壁に取り付けられている水道に手が届く。水は出た。このとき、異様な匂いが鼻をついた。まさにつくような匂いなのだ。今でも思い出せるが、腐ったアルコールがげろに混じったような匂いだ。
‘何だこれは’
匂いの元を辿った。それはどうやら左のシャワールームからきていた。シャワーには、剥き出しの水道管に、でかいじょうろの先のようなものがついている。勢いよく出せばその先が取れてしましいそうだが、とりあえず水は出た。そして水に匂いはなかった。悪臭の原因はさらに奥の便器にあった。シャワーとの間にドアなどない。便器は、便座が無く、水槽も天井の方に離れてついている。殺風景で、寂しくぽつんとそこにあった。その寂しい便器から厳しい悪臭が放たれていた。覗き込むと、そこには白い研ぎ汁のような、げろだか汚物だかがあった。これは極めて危険だ。臭いとか汚いとかということではなく、危険なものであった。人間の身体にはマッチしない細菌が、高濃度でそこに存在している。私はすぐさま垂れ下がっている鎖を引っ張った。‘じゃー’と勢いよく水がでてきた。勢いが良すぎて、便器の中でなく外にも水ははじけ出た。その分と、元々水槽に溜まっている水量の少なさから、危険な研ぎ汁は一度には流れなかった。