シヴァは、最初に寄ったコーラを飲んだ店でまた停まった。この店の印象は良かったし、十一時を過ぎ腹も減ってきたので、今度は降りた。イスに座るなりシヴァは主人に何か話している。どうやら私の機嫌が悪いと伝えているらしい。身振りから前の店では車から降りさえしなかった、と言っていることが分かった。それを聞いて主人は満面の笑みを浮かべて、
「ハロー」
と言った。食事の注文も私の意思を十分尊重しようと、細かく聞いてきた。料理をもってきても、あれこれと説明をした。そして、シヴァと一緒に、
「グッドだろ?」
と聞いてきた。
「グッド」
と答えれば、うんうんとシヴァと頷いた。そして、また聞いた。
「インドはグッドだろ」
料理は少し無理してグッドと答えたが、次の質問にはもっと無理があった。しかし、努めて笑顔をつくり、
「グッド」
と答えた。
「あんたは友達だ」
主人とシヴァは喜んだ。そして、シヴァはすぐにいつもの無愛想に戻り、黙々と食べ続けた。主人は通りすがる度に、料理、インドについて“グッドか”と何度も聞いた。食事が終わると、主人は満面の笑みで私を手洗い場に連れていった。そして、息子を紹介し、また、聞いた。
「インドはグッドか」
「ああグッドだ」
「うちの息子はグッドか」
「ああとても」
「それなら息子に菓子をやってくれ」
私は店に置いてある菓子を買わざるを得なかった。またやられた。シヴァはこういうときだけ笑顔をつくって、買ってやれと勧める。買ってしまえばまたしれっとしている。一体どういう感覚を持った奴らだ、インド人て。私はシヴァに聞いた。
「お前はインドが好きか」
シヴァは無愛想なまま答えた。
「ああ」
結局メインバザールについたのは夜中の一時すぎだった。とんだ一日になったものだ。閑散とした暗いメインバザールを進んだが、どの小道が宿のSilver Palace Hotelにつながっているのか分からなくなった。前日に泊まったHotel Payalまで来てやっと自分のいる場所が分かり、シヴァに少しバックだと教えた。しかし、シヴァはすぐには戻らない。俺に任せろ、もう少し先のはずだ、ときかない。
「もう俺は場所が分かったから歩いてでも行ける」
と言っても無駄だった。こいつは一日中とことん私の言うことには耳を貸さなかった。
「どこに行きたいんだ」
その時、見覚えのあるおっさんが近づいてきた。誰だったっけ。おっさんは窓から覗き込んで、にっと笑った。分かった。朝に私をITDC(インド観光開発公団)まで連れていったリクシャーの運転手だ。まさかわざわざ帰りを待っていたのか?このおっさんは私が百ドル払うのを見て目を丸くしていた。そのうちいくらかを懐に入れたのだろうか。私についていれば、またどこかでおいしい仕事をできると思っているのだろうか。おっさんは車に乗り込んで、バックだとシヴァに伝えた。小道の前まで来て降りようとすると、シヴァは走ってきて私のドアを開けた。何か利益を考えているのかと勘ぐってしまう。
「今日は良かったか」
「良かった」
そしておっさんにシヴァは聞かせた。
「いいドライバーだったか」
「いいドライバーだったよ」
シヴァは満足して去っていった。そして、残ったおっさんは言った。
「明日ヴァラナスィー行きの切符を取りに行くんだろ」
「ああそうだ」
「それでは明日また」