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怒られたシヴァ

 足早に小道を歩き、宿のSilver Palace Hotelの前まで来ると、中から少年がドアを開けた。私を待っていてくれたのだ。

「遅かったじゃない」

半分眠そうに、半分笑って少年は言った。

「ごめん」

少年はドアに鍵をかけた。フロントで寝ている人を踏まないように気をつけながら、私は部屋に戻った。

 

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                          Silver Palace Hotelの少年

 次の日の朝はまずITDCに向かった。ヴァラナスィー行きの切符を受け取りに行くためだ。昨日のリクシャーのおっさんは見当たらなかった。他の客をつかまえたのだろうか。着くと昨日と同じように鼻毛の飛び出した青年が迎えた。しかし、私の顔を見た目に、やや動揺の色が見てとれた。嫌な予感がした。ここはインドだ。

「ヴァラナスィー行きの切符は?」

「OK.ちょっと待って」

電話をかけはじめた。今頃になって。

結果は最悪だった。

「もう満席だと言ってる」

アホか。今日ヴァラナスィーに行くために、車まで雇ってアグラに行ってきたのだ。昨日の百ドルは何だったのか。

 しかし、予約確認をしてから車を雇わなかった私も悪かった。今となっては怒っても列車に乗れる訳ではない。ここは切り換えて、昨日渡していた列車代を返してもらうことにした。向こうがとぼけたとしても徹底的に抵抗してやろう、と決意を固めた。が、青年はすんなり返してくれた。そして、彼は言った。

「ヴァラナスィーまで車を使わないか。六~七時間で行けるぞ」

使うわけないだろ。しかもヴァラナスィーまではアグラの四倍はある。六~七時間で行ける訳がない。なんていい加減で、なんて厚顔なのだ。まったくあきれた。

 しかし、あきれてばかりはいられない。そんな時間があるなら、ヴァラナスィーに行くために次の手を打たないと。まずは、列車が満席なことを自分で確かめよう。駅に向かおうとすると、鼻毛の青年は席を立って追いかけてきた。

「昨日はどうだった。グッドだったか?」

これについては、言うべきか言わないべきか昨日の帰り道からずっと考えていた。今後の旅行者のためには一言伝えたほうがいいだろう。しかし、そうすると、きっと恵まれない生活を送っているだろうシヴァの分け前や職の機会を奪うことになってしまうのではないか。結局、シヴァが困るようなことは言わないでおこう、と思った。思っていた、今まで。だが、鼻毛の青年に聞かれて、私の口からは出た言葉は違っていた。

「最悪だよ。タージマハールにはたった三十分しかいなかった。たった三十分だぞ。何度ももう一度タージマハールに行ってくれと言ったのに、運転手は一日中土産物屋に引っ張り廻したんだ。VERY BADだよ」

しゃべりだせば一気にまくし立てた。鼻毛の青年は、“ええっ”と驚いた。丁度そのとき最悪のタイミングでシヴァがやって来た。何も知らない彼は、利益を計算した時にだけ見せる満面の笑みで、

「ハロー」

と言って、手を差し延べてきた。バツの悪い思いで私も手を差し出した。その時青年は、強い口調で言い放った。

「彼は最悪だったと言っているぞ」

シヴァの顔はさっと曇り、そしてすぐに弁解しようとしたが、青年はそれも許さなかった。雇い主に言われればシヴァは何も言えない。怒られるがままに、ただ青年に謝っていた。横に立った私は、この場をどうしようかと困り果て、何を思ったか、反省しろよという気持ちか、同情というか、告げ口して悪かったというか、シヴァの肩をぽんぽんと叩くという何だか訳の分からぬことをやっていた。

「それじゃ駅に行くから」

ここは立ち去ろうとすると、また鼻毛の青年は追いかけてきた。

「列車がなかったらここに戻ってきてよ、車を用意するから」