目的地へ行こう

まだたどり着いていない人のブログ。

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それがインド It’s India

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 住宅地に入ったところにその店はあった。二台程入る駐車場に車を停め、一人が通れる位の入口から中に入った。店内は広々として綺麗だった。石や装飾品がガラスケースの中にずらりと並べられている。様々な種類があり、買う気はなくても眺めてみればそれなりに面白い。店員は興味を示した私に説明を始めた。その時ふともう一人の客に目をやると、それは小林君ではないか。彼も気づき二人で話そうとすると、ターバンを巻いた百キロはゆうにある大男がさっと間に入った。

「奥にいいものがあるから、どうぞ」

ゆるやかに肩に手をかけ、しかし力強く奥へと私を押した。二人でいるよりは別々にした方が売りつけやすくなる。日本人は特にそうだ。彼の狙いはすぐに分かった。このやり方は面白くなかった。

「彼は自由にした方がいい」

ガイドはさっきの押し問答から、扱い方が分かってきている。だが、大男は構わず、押す力を緩めなかった。

 奥の小部屋には楽器類があった。その中でも一番大きい一メートル以上はあるスィタールを、大男は奏でた。静かに。幻想的な音色に酔いしれているような顔をしながら。くさい芝居だ。私には興味はなかった。意志に反して小部屋に連れて来られたためと、ドアを塞がれれば危険だという思いで、すぐに立ち上がった。

「あまり興味はないな」

酔いから覚めた大男はすぐに追いかけてきて、スィタールがいやなら他の楽器を見てみろ、と腕をとった。強く握った。それ以上の力で振り払った。引き戻されたくないから、小部屋を出てもどんどん進んだ。店からも出そうな雰囲気を感じ取り、ガイドも寄って来て、

「他のものも見てみろ」

と静かな、しかし明らかに脅迫的な強い口調で言った。しかも、睨みつけながら。もうこの店に用はない。さっさと出た。

 ガイドはもはやあきらめ、握手のために手を差し延べた。

「私はここまでです。さようなら」

ガイドなんていかさまだったのだ。何がオフィスに案内を頼まれただ。わざわざ日本から来て、子供の頃から見てみたかったタージマハールにやっと着いたのに。こいつの口車に乗せられてわずか三十分しかそこにいなかった。冗談じゃない。

 ここで追い打ちをかけるように、いかさま野郎は言った。

「ガイド料は二十ドルです」

「ふざけんじゃねえぞ!」

ついに私は切れた。日本語で、大声で叫んだ。

「怒らないで、インドでは怒ってはいけない」

よくもしゃーしゃーと言えたもんだ。脅迫的に睨み付けたくせに。今度はこっちが睨み付ける番だ。それを見て、後を追いかけてきた大男が、低くどすの効いた声で言った。

「インドでは怒ってはいけない。インド人は普段は穏やかだが、怒ると何をするか分からない」

また、脅迫だ。だが、これには内心ちょっとびびった。インドでの宗教対立の映像が頭をよぎった。死者は千人以上出ていた。今は周りにインド人しかいない。袋叩きに合う可能性もある。しかし、ここで怯んだところを見せては奴らを図にのせるだけだ。怒った顔は崩さない。でも目をそらした。

「ドアをしめますか」

この期に及んでいかさま野郎はまだガイド気取りだ。

「しめろ!」

車に乗ってしまえば、まずはひと安心だ。また意気をとり戻した。

「Don’t be angry. It’s India.」

大男は言った。いかさま野郎も、その通りだと頷いて、

「It’s India.」

と言った。

 “It’s India”か。

 この言葉で私は一瞬冷静さを取り戻しそうになった。と、ここで横にいた店の少年が言った。

「彼(運転手)は早く帰りたがっているから、夕暮れ前に帰れよ」

‘ふざけんじゃねえ、こっちは百ドルも払ってんだ。俺が雇ってるんだよ’

 ‘怒ってやがる’三人は突っ立って、走り去る私を見ていた。

 あいつらはいい服を着ていた。きっと儲かっているのだ。そしてその主な収入源は日本人だろう。しかも法外な値段で売りつけているのだろう。時には脅したりしながら。