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よくある手口~睡眠薬

  インドではビールはあまり飲まないらしい。普通の食堂ではビールを置いていなかった。その界隈では、レストランメトロの屋上(といっても二階建て)にしかないらしい。メトロの店内を抜け、ビヤガーデンに入った。

 疲れていたからすぐに酔いがまわり、その酔いに任せて二人は今までの旅行の体験を話し続けた。小林君はイギリスの田舎にホームステイの経験があり、ヨーロッパをその後何か国か回っていた。ただ、その時は、それなりに金を使う旅行だったので、いわゆる貧乏旅行といったもののコツを知りたがっていた。危険を避ける方法や、ぼられないですむには、病気をしないための注意点など、である。私は知っている範囲で話した。

 例えば、バスや列車では同乗者から無闇に飲食物をもらってはいけない。睡眠薬を飲まされる可能性があるからだ。寝ているあいだに金目の物をとられる。金目のものをとられるぐらいならまだいい方だ。気づいてみたら身ぐるみ剥がされて、道路に横たわっていた、ということもあるようだ。人から飲食物をもらわないにこしたことはない。しかし、これは難しいときもある。実際は好意でくれることがほとんどだからだ。一部の悪い奴を警戒しすぎると、現地の人と触れ合いのない味気ない旅になってしまう。だが、そうは言っても、また悪い奴もうまいもので、親切な人間を装って近づいてくるから困るのだ。貰うべき人と、断るべき人の区別はとても難しい。

 

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 私はそれなりに人を見て断るところは断って旅をしていたが、マレーシアのクアラルンプールで一度失敗をした。郊外のモスクにバスで向かっていた時、隣に美人が座った。マレーシアで見かけた人の中では一番の美人だった。服も小綺麗で、とても品を感じさせるものだった。その彼女はバスが出るとすぐに私に話しかけてきた。しかもたどたどしい日本語で。

「ニッポンカラキマシタカ」

彼女は、日本語を勉強したことがあり、そして今は教師だが、また歌手もやっているということだった。たどたどしいけれどもまたそこが可愛らしい日本語を話し、教師で歌手もやっていて、しかも美人。安心させ、興味を引くには揃いすぎるくらい揃っている。日本語で話しかけてくる人には要注意、というのは旅の鉄則である。今でこそあまりに条件が整いすぎていると思う。しかし、その時は美人が話しかけてきたというその嬉しすぎる状況に我を忘れた。ひと通りお互いの紹介が終わってから、彼女は私にオレンジをくれた。「どうもありがとう」とにっこり笑って、すぐに食べてしまったことはいうまでもない。食べ終わってからやっと“人から飲食物をもらうな”ということを思い出した。‘やばい’と思いながらも、それでもまだ‘彼女なら大丈夫でしょ’と余裕を持っていた。そして、なぜかすぐに襲ってきた睡魔に抵抗することなく、私は眠りについた。

 次に起きたのは目的地が近づいてから。その間三十分くらいだったか。彼女はまだ横にいた。起きた私をちらっと見やって、彼女は降りるために前に移っていった。ここで私はやっと嫌な予感がして、身につけているものを確認した。ズボンの両ポケットにはとられても痛くないぐらいの小銭があったが、それは大丈夫だった。首からシャツの下にぶらさげたトラベラーズチェックやカードも大丈夫だった。しかし、これらをとられても届け出さえすれば悪用されることはない。一番相手にとって都合のよいやや多めの金は、腹巻の貴重品入れに隠してあった。が、これも大丈夫だった。三十分というのは睡眠薬として短すぎるし、彼女は善人でまさに美人と話せてオレンジまでもらった私はついていたということだろう。結局何もとられていなかったが、まずは美人ということで油断したことは確か。運が良かっただけだ。