目的地へ行こう

まだたどり着いていない人のブログ。

暗闇~その2

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 町らしき明かりが見えて来たときは、正直ほっとした。まだ開いている食堂があった。大丈夫だ。何とかなる。もう少しで無事宿を見つけるだろう。ようやく自分の一時間後が想像できるようになってきた。そんなとき、町の明かりが通りで蠢くものを薄く照らした。何だ。人だ。路上で寝る人々だ。しかも、十人やそこらではない。切れ目を探して目を先に進ませても、ずっと蠢く人々は続いている。手でも伸ばせば隣に届いてしまうほどぎっしりと。二百メートルは続く大通りにずっと詰まっていた。中央分離帯の緑地が彼らの寝床だ。カルカッタ、それは暗闇に蠢く街だった。

 ここで車を降りたらどうなるだろうか。寄ってたかって身ぐるみ剥がされるか。いや、それはないだろう。きっとまだ起きている者の多くは私に無関心だろう。では、ここで一緒に寝てしまったらどうなるか。空が明るみを帯びてきた頃、起きだす人々とともに目を覚ますのだ。そして、彼らは隣で寝た突然の来訪者に目を見張るだろう。何でお前が一緒に寝ているんだ、と。その時、横に置いていたバッグはなくなっているだろうか。ポケットの金はなくなっているだろうか。おそらくは何事もなく朝目覚めるのだ。きっと八割方は無事でいるに違いない。

 とは考えてみたものの、実際に降りてみたわけではない。考えたことではなく感じたことを言えば、やはり怖かった。もっと言えば初めて見るその光景に圧倒され、体が強張った。自分を落ちつかせようとして、大したことはないと、それほど危険度は高くないんだと考えたのだ。落ちつかせようとして。

 蠢く人々を通り過ぎると、またひと気は失せていった。町はもう眠ってしまっている。でも、サダル・ストリートに近づけば、きっと騒がしくなってくるに違いない。また、そうでなければ困る。町に入ってからしばらくたっていた。そろそろ着く頃だ。この薄暗い通りから、急に明るい所が見えてくるはずだ。

 

 「ここがサダル・ストリートだ」

ただの汚い真っ暗な通りで、運転手は走り始めてから二回目の声をあげた。

 車は細い道をゆっくり進んだ。どこも開いていない。さらに細い道に入り何度か曲がった。だが、やはりただの暗い道だ。

「ここで終わりだ」

なんてことだ。サダル・ストリートはすでに眠っていた。時間は十二時半。一体どこに行けばいいのか。車は止まった。運転手は少し考えてから言った。

「もう少しこの辺りをまわってみる」

どこか開いていてくれ。そう願うしかなかった。車はまたゆっくり動きだした。細い道をまた何度か曲がり、ついには大通りに出てしまった。もうだめか。そう思った時、前方に明かりが見えた。宿だ。開いている。良かった。とりあえずは良かった。

 だが、まだ部屋があるかは分からない。もしなかったらまた探さなければならない。そうなった時を考えればタクシーには待っていて欲しかった。そんな私の気持ちを運転手はすぐに察した。バックミラー越しに私の顔を見てにやっと笑った。

「お前、ここは空いてねえかもしれねえぞ。そしたらどうする」

くっくっ、とそいつは面白くてしょうがないというように肩を揺らして笑った。

「待っててやるよ。ただし、二十ルピーだ」

ここは私の負けだ。くれてやるしかない。

「まてよ、四十、いや五十ルピーだ」

自分の有利な状況は二十ルピーほどのけちなものではないと、気づきはじめていた。私は運転手が言い終わらないうちに言葉を返した。

「二十だ」

つりあげられてたまるか。

「そんなんじゃ行っちまうぞ」

ここでひるんでは歯止めがきかない。あくまでも毅然としていなければ。

 結局二十五ルピーでまとまった。

 宿はエレベーターが付いている。ガラスのドアで仕切られたロビーに入ると、冷房までかかっていた。フロントにはインド人の中でも色の黒い男が胸を張って立っていた。

「部屋はありますか」

「あります」

助かった。寝床はみつかった。しかし、値段は二百六十ルピーもした。交渉してもまったくまける気配はなかった。‘なら他をあたる’とは、今度ばかりは言えない。他に開いている宿はないのだ。ここに泊まる以外にない。フロント係はさすがによく分かっている。帳簿に必要事項を書き込み、金を払った。

 ロビーを出ようとすると、外の騒がしい声が聞こえてきた。あの運転手が宿の使用人に懸命に説明していた。使用人は決して中に入れようとはしなかったが、彼の言い分は理解したようだ。

「あなたは彼にお金を払わなければなりません」

分かっている。ごまかす気はなかった。二十五ルピーを渡すと、運転手は片手をあげてウィンクした。