目的地へ行こう

まだたどり着いていない人のブログ。

暗闇~その1

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 飛行機がカルカッタのダム・ダム空港に着いた頃は、夜十一時を回っていた。急がねば。当然のことだが外は真っ暗だった。そして、‘むっ’とした空気が私を迎えた。飛行機から足を踏み出して直ぐに感じた。蒸し暑い。ひどく蒸し暑い。名古屋の蒸し暑さも比べ物にならない。気持ち悪いくらいの生暖かい水分を感じる。デリーは暑かったが、蒸してはいなかった。この蒸し暑さが、もっと騒がしく、もっと不衛生で、もっと混乱したものをカルカッタに感じさせた。

 皆、足早にタクシーのチケットカウンターに向かった。料金表を見ればサダル・ストリートまでは八十三ルピーとあった。私はすぐさまサダル・ストリートに向かいそうな人を探した。他にもいればきっと問題はないに違いない。しかし、汚い恰好をしている人は誰もいなかった。少しの間チケットを買う人たちの様子を眺めたが、誰もが泊まるホテルは決まっていた。もしかするとサダル・ストリートに今から向かうのはうまくないのかもしれない。嫌な予感がしてきた。一泊は妥協して高いホテルに向かった方がいいのではないか。そういう考えも浮かんだ。しかし、今まで一切高い所に泊まらず各国を回ってきたのに、ここで楽な方を選んだらバックパッカーでなくなってしまうような、そんな気がした。

「サダル・ストリート一枚」

チケットカウンターの人はそれをとめなかった。とめて欲しい気もなくはなかったが。

 私の声を聞き後ろにいた白人の中年夫婦が、「サダル・ストリートに行く人いるじゃない、どうする?」と相談し始めた。彼らも迷っていたのだ。しかし、結局彼らは高いホテルに泊まる方を選んでしまった。サダル・ストリートに向かうのはどうやら私だけのようだった。

 金を払うとタクシーのナンバーを書いた紙をもらった。カウンターの向こう側は小窓で外に通じていて、そこから行き先と乗車する人の名前を書いた紙が運転手に渡される。外でタクシーは、二列になってそれぞれ十台以上が並んでいた。

 自分の車を探し始めると、目つきの鋭い若いのが近づいてきた。そいつは、‘ナンバーを見せてみろ’と黙って私の紙をとった。それから、‘こっちだついてこい’と手で合図をした。空港の職員にしては柄が悪い。痩せて背の高いそいつは、背筋を伸ばしてどんどん進んだ。私の車はかなり後方にあった。‘これだ’とそいつは車のナンバーを指さした。確かにこの車だ。助手席に一人インド人が乗っている。私は乗り込んだ。すると、案内した若いのが手を出して言った。

「金!」

こんなことを空港の職員がやるわけはない。

「NO」

しかし、そいつはまた手を差し出した。

「NO」

私に一切払う気などない。そいつは諦めず、‘出せよ’と何度も手を突き出した。あまりにしつこい物乞いに会ったとき(しつこく追って来るだけの元気があるから金を出してやる必要はまったくない)、振り払うのによく使うのは煙草だ。一本やれば大抵引き下がる。こいつにも煙草を一本渡した。すると、少し考えてから、そいつは‘もっと出せ’と煙草を箱ごと引っ掴もうとした。やるのはいいが、とられるのは嫌だ。もう一本掴んで渡した。まだ不満なようだったが、一切応じる気はないという態度が、彼を諦めさせた。早足でタクシーを離れると、そいつは大元のところに行き、煙草を出した。何かごちゃごちゃ言い訳をしているようだった。大元は何も言わずにそれを受け取り、若いのはカモを探しにまた空港の出口に向かった。

 二、三分たって運転手が来た。

「サダル・ストリートだな」

「そうだ」

車は暗闇の中に入って行った。

 スタートして間もなく運転手は言いだした。

「俺たち、サダル・ストリートに行くのはいいんだけどよ、また戻って来なけりゃいけねえんだよな」

往復分よこせという意味だ。私は決まりきった答えを返そうとした。しかし、助手席の奴がすぐに制した。「こいつは出さねえよ」と言ったのだろう。さっきのやり取りを見ていたから、分かっているのだ。

 行く先はまったくの暗闇だ。後ろも暗闇。他に車はない。前には柄の悪いインド人が二人。状況は悪かった。これだけは明らかだった。外の様子に注意を払おう、そう思った。やばい所に連れて行かれそうになったら、少しでも人通りがあるなら飛び出そう。だが、まったく助けを求められそうになかったら、金を出すしかあるまい。

 ハードだ。それにしても、ハードだ。

 “何故こんなハードなことを俺はしているんだろう”

自問自答した。わざわざこういう状況を選択しているのだ。

 “一体何のために”