目的地へ行こう

まだたどり着いていない人のブログ。

リクシャーに乗って

 宣伝男をまたやり過ごして、リクシャーを捕まえた。痩せた、人の良さそうな笑い顔をするおっさんだった。彼は焦っていた。よっぽど儲かっていないのだろうか。とりあえず自分の客にしてしまおうと、‘いいから乗んなさい’とうんうん頷きながら腕を押した。でも、交渉をしてからでないと私は乗らない。

「ラージ・ガート、ラージ・ガート」

と連発したが、一向に聞き取ってくれない。

「がんじー、がんじー」

と言っても全然分からない。地球の歩き方にあるインド語を見せても読めない。(きっと彼は儲からない)

「がーんじー、がんでぃー、がーんでぃー」

と色々な言い方をしてやっと分かってくれた。歯を出してにまーっと笑って、

「ガーンディー」

と言った。

「ラージ・ガートだよ」

おっさんはうんうんと嬉しそうに頷く。ちょっとぼけている。値切れる。そう見込んだ。

「幾らだ」

「六十ルピ-」

交渉上手の運転手なら、「幾らで乗りたいか」と聞き返す。相場を知らない客ならつり上げられるからだ。例えば、この場合に客から“八十ルピー”などど言えば、それが値段として決定してしまう。

「高すぎる。コンノート・プレイスまで十ルピーじゃないか、距離はその三倍だ。三十ルピーだ」

本当は四倍強あった。

「それは安すぎる。遠いんだ。とても遠い」

おっさんは笑いながら手を広げた。

「それならメーターを使ってよ、そうしないと他のにするぞ」

通常外国人相手にメーターは使わない。現地人より上乗せするためだ。しかし、このおっさんはとても客が欲しそうだった。少し迷ったようだったが、三十ルピーより得すると見たのだろう。しまいには頷いた。これはついている。大満足で乗り込んだ。

 おっさんは信号で停まるとわざわざ運転席から降りてきて、人の良さそうな笑顔で話しかけてきた。ほとんど私の言っていることは理解していない。でも、楽しそうに笑った。しばらく行くとガソリンスタンドに入った。小さいカップにガソリンを入れてタンクに流し込んだ。うまく入れられないで少しこぼしてしまうと、それを大事に指ですくってタンクに入れた。そして、人の良さそうな笑顔でまた私のところに来て話をした。また私の言うことは理解していない。けれども、笑った。シヴァとはえらい差だ。それから後も信号で停まる毎に、人の良さそうな笑顔で、分からないのに笑って、運転席に戻った。しかし、それにしてもなんでわざわざ毎回降りてくるのだろう。後ろを振り返っても私は目の前にいるのだから。話したって内容が分からないのだし。それにどうも上の空で話なんか聞いていない。分からないから聞いていないのではなくて、はなっから聞く気がない。そわそわして視線も落ち着かない。その視線を点々々と追ってみた。そこにあったものは、メーターだった。‘やっぱりメーターだと三十ルピー以下になるんじゃないかな’、私が笑いを浮かべるとおっさんはきまり悪そうにして運転席に戻った。それからは後ろを振り返って話すようになった。

 そろそろ着くころになって私はラージ・ガートを探しはじめた。ぐるぐる見回していると、左手の先に昨日シヴァと通り過ぎたインド門が目に入った。

 インド門!?

 全然方角が違う!

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「ちょっと、止まれ!どこ向かってるんだ」

おっさんは何のことだかさっぱり分からんという顔をして、リクシャーを脇に寄せた。

「ラージ・ガートだぞ。方向が違うじゃないか」

“ラージガート!”ともう一度大きく言って、おっさんはやっと分かった。目を見開き、そんなとこには行ってないぞと首を大きく振った。自信をもって否定されても困るのだが。とりあえず何処に行こうとしているのかは、地図を見て分かった。ガンジーはガンジーでもガンジーの住んでいた家(Gandhi Smriti Museum)に向かっている。このおっさんはぼけすぎていた。値切れはしても行き先が違えばまったく意味がない。遠いと言うはずだ。ラージ・ガートまでの二倍はある。確かに六十ルピーが相場だろう。方向はほぼ反対。遠い所まで来てしまった。今更戻っても、閉館時間の五時半までにガンジー記念博物館には間に合わない。この場はこれも縁と思ってガンジーの住んでいた家に行くしかないだろう。諦めた。